津波対策の推進に関する法律
津波は、平成23年3月11日に発生した東日本大震災においても明らかになったように、1度発生すると、広域にわたり、国民の生命、身体及び財産に甚大な被害を及ぼすとともに、我が国の経済社会の健全な発展に深刻な影響を及ぼすおそれがある災害である。我が国は、過去幾度となく津波により甚大な被害を受け、また、東日本大震災により多くの尊い命を失ったことは、痛恨の極みである。さらに、東日本大震災では、原子力発電所の事故による災害の発生により、地域住民の生活及び我が国の経済社会に深刻な影響を及ぼしている。
他方、津波は、その発生に際して国民が迅速かつ適切な行動をとることにより、人命に対する被害を相当程度軽減することができることから、津波及び津波による被害の特性、津波に備える必要性等に関する国民の理解と関心を深めることが特に重要であり、東日本大震災という未曽有の大災害を受け、その重要性が一層高まっている。
我が国は、地殻の境界及びその周辺に位置し、常に、大規模な地震及びこれに伴う津波による被害を受ける危険にさらされており、多数の人命を奪った東日本大震災の惨禍を2度と繰り返すことのないよう、これまでの津波対策が必ずしも十分でなかったことを国として率直に反省し、津波に関する最新の知見及び先人の知恵、行動その他の歴史的教訓を踏まえつつ、津波対策に万全を期する必要がある。
ここに、津波に関する基本的認識を明らかにするとともに、津波対策を総合的かつ効果的に推進するため、この法律を制定する。
第1条 この法律は、津波による被害から国民の生命、身体及び財産を保護するため、津波対策を推進するに当たっての基本的認識を明らかにするとともに、津波の観測体制の強化及び調査研究の推進、津波に関する防災上必要な教育及び訓練の実施、津波対策のために必要な施設の整備その他の津波対策を推進するために必要な事項を定めることにより、津波対策を総合的かつ効果的に推進し、もって社会の秩序の維持と公共の福祉の確保に資することを目的とする。
第2条 津波対策は、次に掲げる津波に関する基本的認識の下に、総合的かつ効果的に推進されなければならない。
一 津波は、1度発生すると、広域にわたり、国民の生命、身体及び財産に甚大な被害を及ぼすとともに、我が国の経済社会の健全な発展に深刻な影響を及ぼすおそれがあること。
二 津波は、その発生に際して国民が迅速かつ適切な行動をとることにより、人命に対する被害を相当程度軽減することができることから、防潮堤、水門等津波からの防護のための施設の整備と併せて、津波避難施設(津波により浸水すると想定される地域における一時的な避難場所としての機能を有する堅固な建築物又は工作物をいう。以下同じ。)の着実な整備を推進するとともに、津波に関する防災上必要な教育及び訓練の実施、防災思想の普及等を推進することにより津波及び津波による被害の特性、津波に備える必要性等に関する国民の理解と関心を深めることが特に重要であること。
三 津波は、被害の発生を防止し、又は軽減するためにその規模等を迅速かつ適切に予測する必要があること、津波による被害の詳細な予測がいまだ困難であること等から、観測体制の充実並びに過去の津波及び将来発生することが予測される津波並びにこれらによる被害等に関する調査研究を推進することが重要であること。
四 津波は、国境を越えて広域にわたり伝播する特性を有していること、各国における調査研究の成果を国際的に共有する必要性が高いこと等から、観測及び調査研究に係る国際協力を推進することが重要であること。
第3条 国及び地方公共団体は、災害対策基本法(昭和36年法律第223号)、地震防災対策特別措置法(平成7年法律第111号)その他の関係法律に基づく災害対策を実施するに当たっては、この法律の趣旨及び内容を踏まえ、津波対策を適切に実施しなければならない。
2 事業者及び国民は、津波対策の重要性に関する理解と関心を深め、国及び地方公共団体が実施する津波対策に協力するよう努めなければならない。
第4条 国は、津波対策を効果的に推進するため、国、地方公共団体、大学等の研究機関、事業者、国民等の相互間の緊密な連携協力体制の整備に努めなければならない。
第5条 国は、津波による被害の発生を防止し、又は軽減するため、津波の観測体制の強化に努めなければならない。
2 国は、津波の発生機構の解明、津波の規模等に関する予測の精度の向上、地形、土地利用の現況その他地域の状況を踏まえて津波による被害を詳細に予測する手法の開発及び改善、津波による被害の防止又は軽減を図るための施設の改良、津波に関する記録(国民の津波に関する体験の記録を含む。)の収集その他津波対策を効果的に実施するため必要な調査研究を推進し、その成果の普及に努めなければならない。
第6条 都道府県及び市町村は、地形、土地利用の現況その他地域の状況及び津波に関する最新の知見を踏まえ、津波により浸水する範囲及びその水深その他地域において想定される津波による被害について、津波の規模及び津波対策のための施設の整備等の状況ごとに複数の予測を行い、その結果を津波対策に活用するよう努めなければならない。
2 都道府県及び市町村は、前項の予測の内容について、津波により浸水するおそれのある地域の土地利用の現況の変化、津波に関する最新の知見等を踏まえて、適宜、適切な見直しを行うよう努めなければならない。
3 国は、都道府県及び市町村が第1項の予測及びその結果の津波対策への活用を適切に行うことができるよう、情報の提供、技術的な助言その他必要な援助を行うよう努めなければならない。
第7条 国及び地方公共団体は、第5条第2項の調査研究の成果等を踏まえ、国民が、津波に関する記録及び最新の知見、地域において想定される津波による被害、津波が発生した際にとるべき行動等に関する知識の習得を通じ、津波が発生した際に迅速かつ適切な行動をとることができるようになることを目標として、学校教育その他の多様な機会を通じ、映像等を用いた効果的な手法を活用しつつ、津波について防災上必要な教育及び訓練、防災思想の普及等に努めなければならない。
第8条 都道府県及び市町村は、地震防災対策特別措置法第14条第1項及び第2項の規定により津波により浸水する範囲及びその水深を住民に周知するに当たっては、第6条第1項の予測の結果を活用するとともに、印刷物の配布のほか予測される被害を映像として住民に視聴させること等を通じてより効果的に行うよう努めなければならない。
2 都道府県及び市町村は、津波により浸水すると想定される範囲に地下街その他地下に設けられた不特定かつ多数の者が利用する施設又は主として高齢者、障害者、乳幼児その他の特に防災上の配慮を要する者が利用する施設で津波からの迅速かつ適切な避難を確保する必要があると認められるものがある場合にあっては、当該施設の所有者又は管理者への前項の周知に特に配慮するものとする。
3 第6条第3項の規定は、都道府県及び市町村が行う第1項の周知について準用する。
第9条 国及び地方公共団体は、津波に関する予報又は警報及び避難の勧告又は指示が的確かつ迅速に伝達され、できる限り多くの者が、迅速かつ円滑に避難することができるようにするために必要な体制の整備その他必要な措置を講ずるよう努めなければならない。
2 都道府県及び市町村は、津波が発生し、又は発生するおそれがある場合における避難場所、避難の経路その他住民の迅速かつ円滑な避難を確保するために必要な事項に関する計画を定め、これを公表するよう努めなければならない。
3 第1項の措置を講ずる場合及び前項の計画を定める場合には、高齢者、障害者、乳幼児、旅行者、日本語を理解できない者その他避難について特に配慮を要する者の津波からの避難について留意しなければならない。
4 第6条第3項の規定は、都道府県及び市町村が行う第2項の計画の策定について準用する。
第10条 国及び地方公共団体は、津波対策に係る施設の整備等においては、次の事項に特に配慮して取り組むよう努めなければならない。
一 最新の知見に基づく施設の整備の推進
二 既存の施設の維持及び改良
三 海岸及び津波の遡上が予想される河川の堤防の性能(地震による震動及び地盤の液状化により破壊されないために必要とされる性能を含む。)の確保及び向上
四 海岸及び津波の遡上が予想される河川の水門等について津波が到達する前の自動的な閉鎖又は遠隔操作による閉鎖を可能とするための改良
五 津波避難施設の指定の推進
2 国及び地方公共団体は、津波により浸水するおそれのある地域において、公共施設等(津波からの防護を直接の目的として整備するものを除く。)を整備しようとするときは、当該地域における一時的な避難場所としての機能その他の津波に関する防災上の機能を備えたものとなるよう配慮しなければならない。
第11条 都道府県及び市町村は、まちづくりを推進するに当たっては、津波対策について考慮した都市計画法(昭和43年法律第100号)第8条第1項第1号の用途地域の指定、建築基準法(昭和25年法律第201号)第39条の災害危険区域の指定等による津波による被害の危険性の高い地域における住宅等の立地の抑制、津波が発生した際に沿岸部の堅固な建築物を利用して内陸部への津波及び漂流物の侵入を軽減する仕組みの構築その他の津波対策の推進に配慮して取り組むよう努めなければならない。
第12条 国及び地方公共団体は、産業との調和に配意しつつ、石油類、火薬類、高圧ガス、原子力基本法(昭和30年法律第186号)第3条第2号に規定する核燃料物質その他の危険物を多量に扱う施設の津波からの安全の確保に努めなければならない。
第13条 災害復旧に関する国の制度は、津波による被害からの復旧にも十分配慮されたものでなければならない。
2 国及び地方公共団体は、津波による被害の特性を踏まえ、津波により被害を受けた地域の復旧及び復興に当たり、当該地域の産業の復興及び雇用の確保に特に配慮するよう努めなければならない。
第14条 国は、津波が、国境を越えて広域にわたり伝播する特性を有していること、各国における調査研究の成果を国際的に共有する必要性が高いこと及び我が国において蓄積された津波に関する知見の国際的評価が高いことに鑑み、津波による被害の発生を防止し、又は軽減するための国際協力の推進について、次に掲げる事項に特に配慮して取り組むよう努めなければならない。
一 国際的な観測及び通報のための体制の整備
二 海外への研究者の派遣
三 外国人研究者及び外国人留学生の受入れ並びに帰国後のこれらの者との継続的な交流及び連携
四 我が国において蓄積された知識、技術、記録等の海外への提供
五 海外の被災地域に対する適切かつ迅速な援助の実施
第15条 国民の間に広く津波対策についての理解と関心を深めるようにするため、津波防災の日を設ける。
2 津波防災の日は、11月5日とする。
3 国及び地方公共団体は、2015年12月22日の国際連合総会において11月5日を世界津波の日とすることが決議されたことも踏まえ、津波防災の日には、津波対策に関する国際協力の推進に資するよう配慮しつつ、その趣旨にふさわしい行事が実施されるよう努めるものとする。
第16条 国は、津波対策の推進に関する施策を実施するため必要な財政上又は税制上の措置その他の措置を講ずるよう努めるものとする。
2 国は、都道府県又は市町村が、地形、土地利用の現況その他地域の状況及び津波に関する最新の知見を踏まえ、津波により浸水する範囲及びその水深その他地域において想定される津波による被害について、津波の規模及び津波対策のための施設の整備等の状況ごとに複数の予測を行う場合又はその内容を住民に視聴させるための映像を作成する場合には、必要な財政上の援助を行うものとする。
第1条 この法律は、公布の日から施行する。
2 第16条第2項の規定は、平成34年3月31日限り、その効力を失う。
第2条 政府は、速やかに、津波避難施設が津波により浸水すると想定される地域における一時的な避難場所としての機能をより効果的に発揮することができるよう、その適切な配置、構造及び規模並びに運用の方法、津波避難施設への迅速かつ円滑な移動の確保のために必要な措置等の検討を踏まえ、津波避難施設、津波避難施設への避難路及び誘導のための設備等の整備の促進を図るために必要な財政上及び税制上の措置について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。
2 政府は、前項に定める事項のほか、この法律の施行後3年を目途として、東日本大震災の検証等を踏まえ、津波対策の在り方について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。
この法律は、公布の日から施行する。